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教えの庭から「勿体ない」
教えの庭から「勿体ない」

 

 しばらく施設で暮らしておられたおばあさんがお亡くなりになりました。九十歳でした。ご家族の方々に、故人の生前の思い出をお聞きしているときのことです。


 「とにかく働くことが好きでした。毎日のように畑に出ていたように思います」とみなさんが口々におっしゃいました。


 そのおことば通り、晩年になっても鍬で畑を耕し、野菜や果実を育てておられる姿をたびたびお見かけしていました。


 つくられる野菜の種類や量も多く、家族ではとうてい食べきれない量に思えました。それを道の駅とか無人市で販売される様子もありませんでしたので、どうされるのだろうと気になることもありました。


 ご家族の人からは、「いい加減に止めなさいよ」とか「怪我をしたら寝たきりになってしまうよ」というお叱りもたびたびあったようです。それでも農作業をお止めになることはありませんでした。


 お亡くなりになった後、気になっていた一本の桃の樹のことをたずねました。桃の季節にお参りに行くと、その樹で実った桃がお供えしてありました。また保存のために、あるいは少し傷が出来た桃を煮て、自家製のコンポートをおやつとしていただくこともありました。お元気であったころには桃の栽培出荷をしておられたようですが、次第に管理が出来なくなって樹を減らし、最後の一本を大切に残しておられたのです。


 私には、なぜそのようにしてまで農作業を続けようとされていたのか、お気持ちが理解できませんでした。ご近所には、そんな暮らしをなさっている方が何人もおられます。故人とのお別れを機会に、その方々の思いもあわせて考えてみたかったのです。


 そして腑に落ちたことは、畑を荒らすことを勿体ないと思っておられたということでした。もちろん農作業の楽しみはあったと思います。野菜も果物も、手を掛けただけ素直に応えてくれます。年ごとに違う自然条件や病害虫の取り組みからの学びや気づきも楽しかったろうと思います。


 それはもちろんですが、先祖から受け継ぎ、家族の暮らしを支えてくれた大地を、自分の都合で放棄することが勿体なくて出来なかったのだと思います。


 勿体ないという思いはただの欲とは違います。もちろん欲がないわけではありませんが、そこには身体にしみ込んだ感謝の思いがあります。高齢になっても畑に出ておられる方々のことを思うと、お寺参りをしておられた人たちであったことに気づきます。


 晴耕雨読ならぬ晴耕雨聞。一切のものは、縁によって生じ繋がっていることを聞いておられたことだろうと思います。その繋がりの中に自分が暮らしていることを聞いておられたのです。


 勿体ないという心をもつ人々が暮らしておられる地域を、大事にしたいと思っています。