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法事を営む意味

過疎四苦八苦

法事を営む意味



毎年4回 法事を営まれるお宅があります。両親とご兄弟の命日 そして「報恩講」の4回です。

お母さんのご命日にお参りしたとき 法事の意味について新しい視点のお話をしました。

もともと法事は故人のために営むものではないことはお話していました。それでは何のために営むのかという説明をしても 伝わり難さを感じていたのです。

その日の故人は 3人の子どもを抱え 戦争でご主人を亡くされたご婦人でした。

末っ子で幼かったのは当家のご主人。彼はお母さんと離されて お父さんの実家に預けられることになったのです。

以来お母さんのことを「あの人」とか「○○ちゃん」と呼び 「お母さん」と話されることはありませんでした。

自分を手放したお母さんへの恨みなどの感情があったのではと想像していました。

そう思っていたお母さんへ思いが転換し お母さんの心情に触れるきっかけになったのは法事でした。非日常の読経や仏法を聞くことを通じて 見方が転換したのです。

法事は自分の力では探せない 新しい見方に出合う機会。「真実と出会う場」と話しています。