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過疎四苦八苦
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変化しているだろうかと気になります

過疎四苦八苦

変化しているだろうかと気になります



「お寺を変える」といい続けて何年にもなります。

文章にも書き 外部の人にも話して退路も断っているつもりです。

「着眼大局 着手小局」というセオリー通り 小さな変革を重ねてもいます。

ところが外部から「変わりましたね」という評価や反応はありません。

何ごとにつけても 「変わる」ということは 外観とか運営上で一見してわかるくらいの変化がないと評価されないのでしょう。

「お葬式の追悼文を変えた」「法座の構成を変えた」「掲示文を変えた」・・・などといっていますが すべて自己満足に過ぎません。

自分に向き合って「めざめ」という変化がおこり それがことばで語られないと変化には気づけません。

過去を捨て まったく新しい「めざめの場」を創造するつもりで取り掛からないとできないようです。