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よろこびをいただく

過疎四苦八苦

よろこびをいただく



「よろこび」は自分で作り出すものとか 努力して手に入れるものと思っています。

それが当然であり もしよろこびがいただけたとしたら 日ごろそうされるに値することをしているからだと思いたいはずです。

「自業自得だ」とか「蒔かぬ種は生えぬ」といわれたら反論はできません。

ところが脅しやだましを繰り返し 嫌われることばかりしているのに 思いがけない大きなよろこびを手に入れることがあります。

世の中の道理に反したことなのですが そんなことがあるというのです。

言い訳とかうそをついてその場を逃れたいのに 正直にお詫びする自分になれた。

地獄に堕ちることばかりしている自分が お浄土に生まれと聞かされる。

真実の中で生きていることに気づいて芽生える現実です。

そんな現実を抱えて生きる人が感じるよろこびを 「いただいたよろこび」というのでしょう。