HOME
»
過疎四苦八苦
»
「哲学の村」があってもいい

過疎四苦八苦

「哲学の村」があってもいい



京都には「哲学の道」という名前の道があります。銀閣寺から永観堂方面にのびる 川沿いの道です。

なんでも京都にお住まいだった哲学者の方々が この小道を歩きながら哲学されたということから名付けられたと聞いていました。

そう思いながら何度か歩き 哲学者になった気分がしたものです。

哲学というと 難しい学問のことを想像しますが 私は「考える」ことと解釈しています。

問題は 日常の生活の中で次々とおこります。

行き詰まりを感じたとき 外に出て気分転換をすることがありますが 哲学者がこの道を歩きながら発想を変えたのではないかと思っています。

そう考えると 哲学の道ならぬ哲学の村があってもいいと思います。

全く違う出会いが生まれるところでの体験から気持ちの整理がつくとしたら その場所は「哲学の村」といえるでしょう。

そんな場所が必要になることと そしてそれをもつことは大切なことと思います。