HOME
»
過疎四苦八苦
»
CD読経で仏法は伝わるだろうか

過疎四苦八苦

CD読経で仏法は伝わるだろうか



ご家庭での法事にお参りしたとき 自分の役目とか将来のことが頭に浮かぶようになりました。

先日考えたことは お参りの形がどのように変化するだろうかということです。

お参りのときに行っている内容は二つです。一つは読経 二つ目はお話しです。

お経はお坊さんが読まなくても 現在は経本さえあれば誰でも読むことがでるようになってきています。

ところが仏法のお話で伝わるコトは よほど自分で勉強しないと伝わりにくいと思われます。

だから法事にはお坊さんが必要で お経のCDで済ますわけにはいかないと お坊さんは思っています。

ところが次第に 仏法のお話し抜きの法事が出現するようになっているという話があります。

もっとも早くから始まっている事例として お彼岸はお墓参りで終わるということがあります。

その事実は 読経もなく仏法のお話もなくて法事が終ったことになっているように思えます。

家ごとに身近な人のご命日とか 年忌という区切りがありますが それらもお話し抜きのお墓参りのようになると予想するのです。

「いのちは繋がっている」という感覚が 読経CDや仏教書から生まれるといいのですが。