HOME
»
過疎四苦八苦
»
誰に何を評価してもらいたいか

過疎四苦八苦

誰に何を評価してもらいたいか



多くの人は 「自分はこうなりたい」という理想像のようなものをもっています。それを「夢」という人もあります。

あるいは「自分についてこういう評価をしてほしい」とかいう願望ももちます。

「こうなりたい」という願望では 自分の基準で評価することが中心になり 他人の評価は重要と考えません。

ところが「こういう自分に評価してほしい」という願いは 評価する人がそれぞれの基準で評価しますから簡単ではありません。

「自分は 自分の仕事は 誰に何を評価してもらいたいか」。

これはドラッカーさんの名言ですが この評価者と評価内容をあいまいにしたままで 一喜一憂しないことは大切に思えます。

私が憧れのように追っかけている親鸞というお坊さんは 「自分は真実に出会って生きたい」という願いを大切にされたお方でした。

「自分はこうなりたい」とか 「他人からこういう評価をしてもらいたい」という願望はおもちではなかったようです。

評価対象というなら自分の生きざま。評価者は人間ではなく真実。ただそれだけでした。

私もそれを目指してはいるのですが 他人の評価が気になり 欲中心の生きざまから離れられません。