HOME
»
過疎四苦八苦
»
『聞光』

過疎四苦八苦

『聞光』



本堂の正面に大きな額を掛けています。この位置に掛けるのは 「山号額」という額が多いのです。

たとえば「比叡山」とか「高野山」 あるいは「龍谷山」という山の名前を書いた額です。

私がお寺を預かったとき お寺にはこの額がありませんでした。近所のお寺でもめったに見ることはありませんでした。

「光善寺」という「寺号」があれば通じるので 「山号」の必要がなかったのかもしれません。

お寺をお預かりした41年前に お祝いとして「山号額」を寄贈していただきました。

そのとき「山号」でなく 私がお預かりする誓いを掲げることを了解していただき 『聞光』という文字を掲げました。

光を聞く」と読みます。

光を聞くことを生涯の仕事にしたいという決意を忘れないようにしようと思ったのです。

一般には光は聞くものではなく見るものです。

でもそれは間違って書いたのではありません。

光は何かを見るモノとして理解するのではなく 光は「自分に呼びかけられている如来の声」と理解して 聞こうと思っているのです。