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生きるための必需品

過疎四苦八苦

生きるための必需品



ふと 「生きるための必需品」は何だろうと考えてみました。

なぜそんなことを考えようとしたかというと 暇だからです。

いや暇に加えて 生きていくために宗教は必要なのだろうかと お坊さんにあるまじきことを考えていたからです。

生きるために 日常の生活にとって必要なものは何だろう。

さらに よく生きるために必要なものは何があるのだろうか。いや生きるためだけでなく 死ぬことのためにも必要なものは何だろう。

そんなことを考えてみても 宗教が必要だという鮮明な答えが見つかりにくいのです。

考え方を変えて 必需品のように身近に置くものとして考えるから見えないのではないかと思い あらためて探してみました。

宗教を道具とか教養のようなものと解釈しないで すでに私を包んでいる空気のような真実と解釈してみたのです。

そうしたら 必要か不要かという二拓の問いかけが間違っているように感じられてきました。

宗教は 私を人生という今のステージに登場させ 役目を終えたら次のステージに導く働きのようなものと思えてきました。

そう思ったとき その中の今を感謝しながらていねいに生活する知恵が宗教ではないかと思えてきました。