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「生きている」ことは当たり前

過疎四苦八苦

「生きている」ことは当たり前



「いま生きているんだ」という自覚をすることは少ないだろうと思います。

あるいは「なぜ生きてこられたのだろう」と考えることもなかろうと思います。

当たり前のことだと思っているからです。

自分の力だけで生きられたのではないはずですが そうは思はないのです。

死を背負っているという話をしたり聞いたりしていると 気づかないつながりによって生きていることを感じることもあるでしょう。

生きていることを当たり前と考えると 目先のことに一喜一憂したり 大切なことがおろそかになるものです。

自分ひとりが苦労を背負い込んでいるように思ったり 不幸と思ったりすることも 自分の力で生きていると思うかあらではありませんか。

「死に方」研究会では なぜ生きているのだろうと気づくきっかけをつくろうとしています。

なにが大切かに気づく研究をしようとしています。