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「生きる」ってどういうことなんだろう

過疎四苦八苦

「生きる」ってどういうことなんだろう



研修のためにお寺に来られる人の履歴書や その人への期待について読みながら考えたことです。

企業とか家庭 あるいは個人にしても 今日一日を漠然と生きてはいません。

何かを手に入れようと考えたり 何かを目指して行動していると思います。

研修では 「やがて死ぬ身であるのに なぜそんな行動をするのですか」と自問することをしてみたいと思うのです。

気の利いた答えを懸命に探そうとしたら どんな答えが見つかるでしょうか。

「生まれたからには 育てていただいたからには 社会や次世代のために何かをするようになっている」という答えがあります。

他方では 「一度かぎりのいのちをもらったのだから 生んでもらってよかったと満足するために生きるのだ」という答えもあります。

積極的に生きようとする人や 成り行きを重ねながら仕方なく生きる人もあり 実にさまざまです。

人はそれぞれその場そのときの出会いによって 自在に方向を変えながら生きています。

そしてその出会いのときの選択が 今になっていることは間違いありません。もしその今が 満足で感謝に満ちていたら そのときの選択基準がそこに導いたといえます。

そのとき自分が持っている選択基準はどのようなものであったのか。

それを自覚することと もしあらためたいと思ったなら 何をどうあらためるかを考える。

それが研修という時間なのだと思ったのです。