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まだ将棋の本質をわかっていない

過疎四苦八苦

まだ将棋の本質をわかっていない



無冠になった羽生善治九段が 「まだ将棋の本質を分かっていない」といわれた話を読みました。

その意味について なんとなく分かるようでよくわからないのです。

「将棋の本質」・・・・?。
将棋というのは相手との勝負です。相手が人間であれ 人工頭脳であれ 相手に勝つことに違いありません。

当然ながら 将棋のルールに従って勝負するわけで 本質は「ヨミ」を深めるというか 相手以上に「ヨム」ことだけのはずです。

しばらく考えで これほどまでの実績をもっている人がいわれることだから もっと深い何かがあるのではないかと考えを巡らしているのです。

心理的には「相手をヨムこと」「相手をヨム力を身につけること」。技術的には「展開力」とか「判断力」などといったことが考えられますが はたしてそれが将棋の本質といえるモノなのかどうか分かりません。

あれこれ思いながら 「仏教の本質は何か」という問われたら はたして私はどう答えるだろうと思ってしまいました。

勝負して結果を出すものではありませんが 仮説を立てては壊されながら 平明なことばを求道者のように探し続けてきました。 

そして いま探し当てているのは 仏教の本質は「生き方・死に方に気づく智恵に出会うことだ」ということばです。

いまはこのようにお答えします。