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人の器とは何だろう

過疎四苦八苦

人の器とは何だろう



人を評価する場面で 器という容積を計る道具を持ち出すことがあります。

あの人は「器が大きい」とか ときには「器量がある」「太っ腹」とかいう入れ物を表現することばです。

はいっているものは どうやらその人が身につけている志のようなもので 表面上はわかりにくいものです。

それを志といってもいいし 思想といってもいいと思いますが カタチになって見えたとき器の大小が語られるのです。

志の大きい人は 志を実現するために 人のことを考えています。

どんな志を抱いても 人の理解や協力がなければ実現出来ません。どれほど深く人のことを思えるか それが器量といわれるものです。

その器は生まれつき備わったものか あるいは本人の努力で身につくものなのか気になりますが 後天的なものです。

そしてそれは 努力したら身につくものではなく 器量の大きな人との出会いによって初めて身につくものだと思います。

周囲におられる人々の中に 「あの人はなんて魅力的なんだ」 と感じる人がおられたら その人を追っかけてみたらいいと思います。

人間の魅力は 私利私欲にとらわれない誠実さの上に姿を見せているものです。

その人を好きになって 真似をして影響を受けることが一番の早道だと思います。