HOME
»
過疎四苦八苦
»
生き方をかんがえる角度

過疎四苦八苦

生き方をかんがえる角度



「過疎地でどう暮らしたらいいのだろう」という生き方の答えを けっこう真剣にかんがえています。

そしてそれは 「人生をかんがえる角度によって変わる」のではないかというかんがえで固まりつつあります。その角度のことを キーワードといいうこともできます。

過疎というというのは 社会全体から見た一時の現象で 人口密度の過密と過疎 近代化の進化と停滞または荒廃 あるいは利便性の多寡という現象に過ぎません。

さらにいえば いまの過疎地が突然過密地に変貌し 過密地の都市が過疎化する現象だってあるのです。

その中での暮らしをしている人々は その「現象から逃げだしたい」とか「仕方がない」と 自分のかんがえで現実を見て行動するわけです。

そのときに 「かならず老病死がやって来る」という真実を基盤にしてかんがえる人は少ないと思います。目先のことを中心にかんがえるからです。

文化や娯楽など身近に手に入る楽しみ 農作業などの自分の身近な範囲で手に入れる楽しみなど 健康とか老化をかんがえながら選ぶという角度があります。

同じ景色 同じ時間の中でつくったコミュニティーと 個々がバラバラに暮らす希薄なコミュニティーの中で迎える死からかんがえる角度もあります。

「健康」「仕事」「利便性」あるいは「コミュニティー」というキーワードがありますが その中に 一切のことは思い通りにならないという「宗教」からの角度も必要ではないかと思います。