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自分が納得できる生き方をしたい

過疎四苦八苦

自分が納得できる生き方をしたい


宗教界で行われている行事には ことばの意味がいまひとつ分かりにくいことがあります。

「昔からそういってきた やってきたのだから」という説明では まったく意味が分からないのですが それはそれで説得力はあります。

例えば法事の開催年が 3回忌とか7回忌と間隔をあけてやってくることの説明を 自信をもって行うことが出来ません。

勉強不足といわれるかもわかりませんが 伝道布教をすることが目的なら間が開かない方がいいはずなのですが 間が開きます。

直接の関係者がわからないのですから 一般の人がわからないのは当然で そのような行事が次第に消滅することは仕方がないことです。

ご先祖さまの法事のことを 「こうだから実施しましょう」と強くお勧めしたいのですが 今までいわれていた説明では情熱をもってお勧めしにくいことでした。

こんな仕事のやり方にストレスを感じるようになりましたので 思い切って変更することにしました。

理由がわからない間隔をとびとびに開けて法事をするのではなく 趣旨はご先祖に思いを巡らす「追憶法座」で 毎年の行事にすることを原則にしていただくのです。

「追憶」には 祟りや降りかかる災いを避ける意味はありません。さかのぼって思い出すという意味で説明しようと思います。

繋がって生きている自分に気づくことは 「我に返って」自分の人生を見直す時間になると考えているのです。