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私にとっての国際化の始まり

過疎四苦八苦

私にとっての国際化の始まり



世の中の変化について話すときに用いられる用語の中に 国際化という単語があります。

日本だとか韓国 あるいはアフリカやアラブといった国や地域のさまざまな個性が薄れていることを表現することばと理解しています。

人の出入りとか品物の交流が活発になり 文化や生活習慣の特徴が薄れるという状況もあります。

そのような国際化という流れによって 比較的厳密に守られているイスラム教に従った信者の生活習慣も薄れてくる予感がします。

戒律が厳しい宗教においてそうですから おだやかな戒律や無戒律の仏教徒が 国際化の渦に入ったときどうなるのか想像することは難しくありません。そんな時代になった現在 仏教をどのような形で伝えるか しっかり考えなければなりません。

国際化の流れはますます激しくなります。それを認めることは 自分の変化が必要になるときです。内輪の中で考えても方向は見えません。世界の中に身を置く意識で考えなければなりませんが それは簡単なことではありません。

先日から中国製のスマホを使い始めています。購入することをしばらくためらっていましたが 使ってみると驚くほど使いやすく しかも安価でした。

些細なことですが 井戸の中から外の世界を見たような気分になっています。