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過疎四苦八苦
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過疎仮説

過疎四苦八苦

過疎仮説


「過疎」とか「過密」ということばは 身近な生活の感覚で捉えられています。

さまざまな現象を日常生活の上で感じ そこで感じた不都合なことを過疎とか過密ということばで捉えているように思うのです。


過疎も過密も 私たちがつくり上げたものであることを考えたいと思っているのです。豊かな暮らしを求めて働いて 大切なことを見失ってきた産物ではないかと思うようになったのです。

そして過疎や過密は私たちに何かを気づかせようとしているサインだという仮説を立てました。

いま目の前にあるお寺は 過疎とか過密ということばがなかった時代にあちらこちらに出現しています。当時の人たちはそこに何かを期待し 大変な苦労をして満足する生活スタイルを創り上げようとしていたと思います。

その思いが やがて時代の波に飲み込まれ 気づかないうちに 過疎過密という現実をつくりあげてしまったという仮説です。

その仮説を実証するために 時代を超え 大事なものを見失わないで生きるための場づくりを いろいろな試みを重ねながらやってみようと思っています。