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自分の考えは正しい

過疎四苦八苦

自分の考えは正しい


すべてのお坊さんがそうであるとはいいませんが、お坊さんには自分は正しく生きている、自分の考えは正しいという思い込みが強いところがあるようです。私もその一人です。

教えを説く立場になると、つい間違っていることや教えを外れていることが目につきます。

先日お坊さんのツイッターに、通夜で出されたお弁当の写真が出ていました。そのコメントに、精進料理でないことへの批判が書かれていたのです。

通夜とかお葬式のときの振る舞いは、精進料理で行うのが常識という思いで書かれていると推察して読みました。

今の時代に、生くさい料理で通夜の接待をすることは間違っているのでしょうか。正しいことを知っているという思いがあるとつい批判したくなりますが、私には間違っていると思えないのです。

いまどき、精進料理のお弁当を準備してくださる仕出し屋さんは簡単には見つかりません。料理に欠かせない出汁一つにしても、カツオとかイリコが入っているでしょう。食材集めも簡単ではないはずです。

精進料理でないことを仕方なく容認するのではなく、また古い時代と比べることもしないで、あらためて通夜とかお葬式を営む意味を一緒に考えることが大事に思うのです。

死別という特別な状況の中で、お坊さんは何を感じていただこうとするのか。私は、限られた出会いの場でのひとことを準備することに注力したいと思うようになっているのですが。