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宣教師

過疎四苦八苦

宣教師


かって日本にやってこられた沢山の宣教師さんたちのことを考えています。

なぜそんなことを考え始めているかというと、お坊さんの役目も宣教師さんと同じ、布教とか伝道を行っているからです。そしてその心構えとか手段について知りたかったのです。

ことばをはじめ文化が違う異国にやってきて布教をしようという使命感や行動力において、現代では当時と同じものを求めることは出来ません。

さらにそれを支えたモティベ-ションあったはずで、それは一体何だったろうと気になっているのです。

宗教による世界制覇という思いがあったかも知れません。異教との勢力争いに勝利するという動機も否定できません。

もちろん自分の信仰こそが唯一のすくいの道であるという信念に裏付けられていることは否定できませんが、私には信仰心のどこに布教伝道を駆り立てるエネルギーが秘められているかわからないのです。

使命感に支えられていたことはもちろんですが、生計の心配をすることなく、自分の裁量で新天地を開拓するベンチャーのようなモチベーションに支えられていた面もあると思います。

過疎とともに先行きが見えなくなっている仏法伝道の突破口を開くには、このような視点から考えることも必要と思っています。