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愚者であることの難しさ

過疎四苦八苦

愚者であることの難しさ


余分に印刷して残っていた一昨年の年賀状を、新しいハガキと交換してもらいました。

印刷されたことばを読みながら、自分で書いたことばながら「ウン、いいことばだ」と自画自賛して眺めました。「賢者になることも難しいが、愚者であることはもっと難しい」ということばです。

​「愚者」の意味は、直訳するとバカ者。そう自覚することが大変難しいのです。

​法然さまや親鸞さまがお話しされた愚者、最近ではスティーブ・ジョブズさんが話された「ステイ・フーリッシュ」のフーリッシュは、自分の無力や無智の自覚であり、偏見や思い込みを手放すことです。

いろいろな場面で愚者であろうと思うのですが、じつに難しい。一度や二度くらいなら、「愚者になれた」「愚者でいることが出来た」と自覚できることはあります。しかし愚者であり続けることはとても不可能に思います。

歳を重ね経験を積んでも、自分は確かであるとうぬぼれたり 認めて欲しいという思いは消えません。自分は迷惑を掛けないで生きているとか 素直に生きていると 死ぬまで思い続けるのでしょう。

​なるべく早くから、自分が無力とか微力であったことを自覚し、多くの人に助けられていたことに感謝できるようになりたいものです。