寺院を維持することが全国で困難になっています。
毎月宗派の機関誌で公示される 統合や廃寺の寺院の数が増えているように感じます。
それを見ながらいつも 「我がお寺はまだ大丈夫だろう」とか「孫の代には厳しいかな」という感想をもちます。
そして一方では 「今のうちに将来にために準備をしなければ」という思いが消えません。
その準備とは何のための準備かを考えたとき それは口でいうほど簡単なことでもなく 小さなことでもないと気づいています。
いわゆる改善ではなく改革を始めることの難しさです。何とか維持できることを実感しながら改革に着手することは現実を否定することになるからです。
企業では 事業部門の入れ替えとか扱い商品の変更のようなことに当たります。
世の中にはそれを成し遂げた企業がたくさんあり 成功物語も語られますが この局面での葛藤と実現の仕組みにはセオリーなどはなく 実行して実感する以外にないのかもしれません。
お世話になっているお方からみごとなウナギをいただきました。鹿児島県産のウナギです。
中国産のウナギが市場に出回っていたころ 国産ウナギはとても高価に感じられていた時期がありました。
いまでもその傾向は変わりませんが 中国産というブランドへの抵抗は減ったと感じています。
流通する食品市場の安全意識が高まり 産地表示と生産データが表示されるようになったからでしょう。
さらに「土用にはウナギ」という伝統の生活慣習へのノスタルジアとかこだわりも薄らいでいるように見えます。
ウナギが夏バテ防止の食品という考えも他の食料品でも十分補われているという現実もあるからです。
世の中は静かに変化しています。それの現実を土用のウナギが教えてくれました。
人間の眼と「仏さまの眼」が同じではないことは当然です。
ところがどのような違いがあるのか 具体的に考える機会はありませんでした。
先日一人のご婦人がお亡くなりになったとき それを考える機会をいただきました。
9人兄弟の長女として子供時代を過ごしたことや 戦争という時代背景や田舎の生活環境の中での体験が このお方の人生観をはぐくんだことを想像したのです。
私という人間の眼から見たら その人生観から生まれていたと思う生き方は したたかで厳しい生き方に映っていたのです。
しかしその後ご婦人は 度重なる逆縁や孤独を経験し 仏縁が増えるようになっていきました。
そのように過ごされた「生涯の一切を見抜いておられる仏さまの眼」には 目先の愛憎を超えお浄土へまっすぐ向かう歩みに見えていたのでしょう。
目先だけで見ない眼差し。人間の欲が変化する姿を見る眼差しがあることに気づきました。
「今からでも遅くないぞ」と思うようになりました。82歳になってから思うことです。
何年か前から 「もっと若ければ」「思いつくのが遅かった」という感覚になることはたびたびありました。
その思いは 80歳を過ぎてからさらに増えたように思っていました。
立ち止まりその原因を整理してみると やりたいことが増えていることと その結果を見たいという欲が強いことに気づきました。
そんな思いを繰り返しながら 「今からでも決して遅くない」と思うことができるようになりました。
理由は簡単です。「目標を定めて手がけたとき すでに結果は始まっている」ことを実感しているからです。
どのような結果を出そうとしているかが明確で そこに向かって踏み出したら たとえ途中で途切れても結果は常に見えていると気づいたからです。
「挑戦しようぜ 今からでも遅くない!」。
オリンピック競技の番組を見ながら 「このいい顔になったね」と家人がいいました。
その番組には 北島さんと増田さんが出演しておられました。
競技者として話題になることが多かった人たちで 確かにそのころの顔とは違っています。
厳しい練習をして 成功や挫折を繰り返したからこそ出来上がった顔に思えました。
子どものころ 「顔のシワはその人の財産だよ」という大人の話を聞いたことがあります。
若い時の苦労 現役のときのひたむきな努力はいい顔をつくるということでしょうか。
「美男美女」はあきらめて 「善男善女」を目指したいのですが 今からでも遅くはないでしょう。
「対話」をすることは意外に難しいことだと感じています。
法座のとき お説教の後で質問を出していただいて対話することを実行してみて感じていることです。
「何でも質問してください」とか「話し合いしましょう」と投げかけたら 話し合いができると思っていたのですが そうはいかないのです。
企業で行われる会議でも同じことがおこるという話を聞いて気づきました。
社長あるいは幹部と社員。立場が違うと本音は出しにくいものだといわれていました。
お坊さんとお同行の立場も同じことです。
そんなことも考慮せずに 「対話をしましょう」と呼びかけている自分の配慮の薄さを恥ずかしく思いました。
「いま何かお困りごと 心配ごとはございませんか」といえば 自分のことですからことばが出ます。
そして聞き役に徹すると そこから対話の糸口が見えるだろうと感じています。
録画していたオリンピックの開会式を見ました。
コロナ禍でのオリンピック開催については賛成ではありませんでした。
でも開催されたとなれば 選手をはじめ関係者や周囲の皆さんには 感染防止に最大の配慮をして活躍していただきたいと思っています。
開会式は素晴らしいものでした。華やかさは目立ちませんでしたが いろいろなメッセージが込められていて大会の意義を感じました。
立場によってそれぞれに思いがあったと聞いていますが 代表選手たちの表情はとてもうれしそうでした。
どのような思いで練習を重ね代表になったのか。国の代表になってこの場にやってくるまでの一人一人の物語を聞きたい衝動にかられます。
国単位のゲームに見えますが 私は個人の競技と思って見ています。
勝負では結果が求められます。勝負での結果とは別に 自分との戦いの結果に関心をもってテレビ観戦します。
おおかたの宗教には「法事」という行事があると思います。呼称や形式はいろいろあるでしょうが 信仰の体得とか実践現場となる行事です。
数日前 故人お2人を縁とした法事を営みました。父親の33回忌と娘さんの7回忌です。
法事の主催者は当主のご主人ですが 実質はご婦人でした。「娘の7回忌に合わせ お父さんの33回忌を一年繰り上げて営んでもいいですか」という相談から始まった法事です。
法事の当日 「お二人の法事ですね」と確認したら「お父さんのを読み添えてくださいね」といわれました。あらためて「法事とは何だろう」と考え始めました。
お坊さんとしてタテマエで考えるのではなく 「人はなぜ法事をするのか」「なぜしないのか」というところから考えてみたのです。
死者の供養が必要と考えるなら なぜ供養をするのか。
自分も納得し 相手もに納得していただけるためにはどういう説明をしたらいいか。
そして説明したことにそぐう法事のかたちはどのようなことか。
結論が出たわけではありませんが 課題が生まれたからには納得するまで試行錯誤を続けます。
お説教を聞いていたら「業をつくらせてしまう」ということばが出ました。
聞いた瞬間 ズシンと重くそして温みのある感覚を覚えました。
久しぶりに聞いたフレーズでありなつかしくも感じました。最近ではほぼ聞くことができなくなっていることばです。
「業」とは 人間の行いのことです。
動作だけでなく 口での発言も心に浮かぶ思いも含め 自分が毎日の生活の中で繰り返す行いです。
それは誰でも無意識のうちに行っているのですが それを「つくらせる」という用語に深い意味があります。
お説教でのお話しは 養子に出した我が息子にお小遣い渡そうとする母親が 「先方のお母さんには内緒だよ」といい聞かす場面でした。
「お小遣いをもらったことは内緒にするのだよ」と口止めする行為。そこには 先方にすべてを預けた我が子に「二心」の隠し事をさせてしまう罪の意識があります。
そのように罪をつくる行動のことを「罪業」といい 可愛いはずの我が子に 知りつつもつくらせてしまう生き方のお話しでした。
「4日間ひげをそらなかったよ」と家人にいいました。
「アラそうだったの気づかなかった あなたの顔を見ていないから」という返事。
「そんなものか」とも思えるし 「それはないだろう」とも思えます。
長年連れ添って気遣いとか遠慮がなくなると 夫婦とはこうなるのが自然なのでしょうか。
これで気分を害したり 苦笑いでもしてひとこといい返すようであればまだまだ未熟夫婦なのです。
「男は顔じゃない」「TPOは心得ているはずだから」「いっしょにいても恥ずかしくない」・・・。長い時間をかけて積み上げたものがあるからだろうと好意的に納得しています。
お互いが理解しあおうとしていると いつの間にか外面と内面 全体と部分が同時に見えるようになるものです。