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アーカイブ:2021年
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3月

過疎四苦八苦

大切にしたい言葉との出会い



本の中に素晴らしいお話を見つけました。野球選手のイチローさんが話されたことです。

2004年  イチロー選手がシーズン安打数でアメリカ大リーグの新記録を樹立した年のことです。

ヒットを打ち続けるイチロー選手がその日対戦する投手には  今まで抑えられていたのだそうです。

対戦前のインタビューで  「苦手投手ですね」という意味の質問があったときの答え。

「彼は私というバッターの可能性を引き出してくれる素晴らしいピッチャーです。だから私も練習して彼の可能性を引き出す素晴らしいバッターになりたいですね」。

ものごとの見方  一水四見」の教えです。


 

 

黄砂がひどいです



昨日はとてもひどく黄砂が降りました。

予報では明日も降るそうです。

気象レーダーを見ていると  中国本土の量は数倍の様子です。

朝鮮半島を横切って日本にやってくるのですが  そのスピードが結構速いのは驚きです。

上空高く風に乗ってくるのですが  途中で落とさないのでしょうか。

あるいは日本列島を通過して  太平洋で落としてくれたらいいのですが。

とにかく風が強い日は  当分の間干物や戸締りには油断禁物です。


 

 

アメリカン・ドリームのこと



アメリカンドリームというアメリカのブランドがあります。

成果は必ず認められ  それがお金や地位となって報われるというお国柄のブランドのことです。

ところがそのブランドの片面に  その地位やお金を社会のために寄付することがあるようです。

またボランティアに参加することがあるのです。

成果で得た収益を  貧困や社会が抱える課題解決のために提供するという文化です。

そういう一面も合わせ  アメリカン・ドリームといわれているのではないかと思いました。

 

 

知らず知らずのうち



「お説教口調」になっています。

上から目線はないつもりですが まず多いことは お話が「結論から始まる」のです。

限られた時間で仏さまのことをお話しするのですからそれは理解できます。

人生講座などにはあまり感じない固さを感じます。

専門家が専門家に話をするときは結論が先で固くても構いません。

お説教を聴きに来られるお方は専門家ではないのです。

また聴き方も次第に変わっているはずです。

世襲制で育った私はいつのまにか結論が先になっているようです。


 

 

異常の影響は桜だけなのかな?



今年は異常気象で桜は 開花が早いという話をあちこちで聞きます。

近所でも 満開になった桜もありうなづけます。

我が家には ソメイヨシノと山桜の古木やボタンザクラなどいろいろな種類の桜があります。

それらの開花状態を見ていると 全体としては早いように感じていますが 木によって開花の違いが鮮明になっていることも感じます。

また新しく 春の嵐が桜をおそうという予報も出ました。

異常気象は 桜を早く咲かせ 無理やり散らせたり。


 

 

コロナ禍で面会できない



病院によて少しづつ違いはありますが  基本的には面会禁止です。

当然ながら新型コロナウイルスや変異種の感染防止のためです。

それは理解できるのですが  限られた家族まで禁止しなくてもと思うのです。

院内感染が発生した体験から全国の病院で共有された結果でそうされているのだと思います。

そんな社会でも  飛んでいる飛行機が墜落する  食堂で食中毒がでる。

化学が進み平和な時代には  人間が暮らすために安全であることは絶対条件なのですね。

そこから先は  縁起つまり個人の責任ということでしょうか。


 

 

自分の長所



今更ながら 「自分の長所はなんだろう」と考えています。

こんなことは今までにも何度も考えました。

「何事も楽観的に見ることが出来ることかな」と思ったことがありました。

それも次々形を変えて 「任せることが出来る」とか「性善説で人を見る」などとと思ったこともあったのです。

そんなことをつなぎ合わせると やはり基本としては楽観主義なのでしょう。

たくさんとはいえないまでも いろいろな人生をみてきて 「あくせくしない方がいい」という教訓が身についたこともあるでしょう。

その境地から考え事をしたら 思いがけない叡智が湧いてくることを体験したものです。

 

 

菌の打ち込みは完了したが・・・。



原木に椎茸菌を打ち込んでいただきました。

その原木を竹藪沿いのビワの木の下に並べたのですが 椎茸が生えるころのことはあまり考えていませんでした。

今までの体験で想像するのですが おそらく毎日収穫に追われることになるでしょう。

毎日50個以上の椎茸をどうするか。

廃棄食品が問題になっている昨今なので 捨てるわけにはいきません。

ご近所に配る 施設に届ける 希望者に差し上げる・・・。

いずれにせよ しばらくは椎茸のことで忙しくなりそうです。

でもそれを前向きに考えたら 重労働でもなく おあつらえの高齢者の恩返し仕事になりそうです。

そう思うと 新しい楽しみがまた一つ増えました。


 

 

人は決して自分のフィルターを手放しません



自分が外を見るとき 必ず自分のフィルターを通して見ています。

目とか口など すべて自分の感覚をフィルターにして対象を把握し 理解しています。

家人と同じように庭を見ているつもりなのに 「吾亦紅が芽吹いたね」と いわれて初めて気づきます。

同じ風景を見ても目に入らないと同じような体験はしばしばあります。

知人の訃報を聞いて何を思うか。

それも人それぞれで 同じ受けとめ方ではありません。

私はお坊さんになってお葬式の現場に立つことを重ねているうち フィルターが曇ってくるように感じていました。

遺族の悲しみを深く思うのではなく 仏教という建前で向き合うことが多くなっていたように思います。

その人との出会いも別れも一生に一度のことで 悲しみは一人一人違います。

お別れの現場の参加者お一人お一人に深く共感することで はじめて人生の真実に気づくことができるのでしょう。

今ではすこしだけそう思いながらお参りしています。


 

 

初戦は完敗でした



孟宗竹のタケノコが出ているという情報を入手。

さっそく期待を込めて我が家の竹藪に出かけてみました。

見ると竹藪がすっかり掘り返されているのです。深々と穴を掘られ 周囲に小さな皮が落ちていました。

人間がする仕事なら 穴は広くなります。また根っこも少し残ります。

きれいな穴の様子とその数の多さを見て 人間の仕業でないことは一目でわかりました。

イノシシに先制され完敗です。一本のタケノコも見つけることが出来ませんでした。

初戦には負けましたが 雨後の2回戦はがんばります。