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過疎四苦八苦
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アーカイブ:2020年

過疎四苦八苦

本屋さんの賑わい



本屋さんの賑わいに驚いています。

私は本屋さんに入ると なぜか楽しく感じます。

読みたい本があるときは アマゾンで注文していますが ぶらっと本屋さんに入ると まったく異なる情報が飛び込んでくることが楽しいのです。

「今の時代に人気があるのはこんな本なのか」とか「こんな作家がいらっしゃる」と気づきます。

あるいは「表紙がカラフルになったなあ」と感じますし 「この本は いまだに読まれているんだ」ということもわかります。

小さな本屋さんは本の選び方に個性があり 大きな本屋さんには並べ方の工夫があります。

宣伝通りの中身でなくて失望する通販よりも 立ち読みをして自分が気に入った本が選べることは本屋さんならではの魅力です。

 

 

「年賀状」のわずらわしさ



27日に年賀状を投函しました。

年内に投函するなんて いつ頃までそうしていたのか忘れるほど昔のことになっていました。

遅くなるわけには 賀状の交換を打ち切らしてもらおうと思う人のことや 一言のコメントをつけなければと思う気持ちが重なることがありました。

賀状は 「お元気ですか 私たちは元気で生きています」という年に一度のご挨拶と考えていました。

やがて仏法に触れていただく機会と考えるようになり 表現を思案することが増えていました。

自分の暮らしの中心に何を置いているかということで 賀状の目的や表現が変わったのです。

そしてもう一つ 届いたら無視できないと思い 返信の負担を感じられても済まないとう思いもがあります。

あれこれ考えて どう思われてもいいから自分の気持ちをお届けすることにしました。


 

 

一足お先に仕事納め



一昨日が一足お先の仕事納めでした。

除夜のお参りと鐘撞は残っていますが 予定していたお参りと賀状の投函などの仕事が終わったように思います。

手間がかかる天窓とか換気扇の掃除も終わり あとは本堂と庫裏の掃除。

ただし「お別れ」というのは突然やってくるものがありますから すべて終わりというわけではありません。

常に「何かが起こっても心の中では予定済み」という状態の仕事納めです。

お坊さんになって40年以上そのような年末を過ごしたので 気持ちの整理は少し上手にできると自負しています。

というわけで あとは新しい仕事への準備にかかります。


 

 

掃除が楽しくなりそうな出来事



使い慣れていた掃除機が動かなくなりました。

修理するためには まず代金を払って修理箇所を特定してもらい あらためて修理はその費用をお払いすことになります。

しばらくの間もう一台の重い掃除機を使っていましたが 毎日のように使うものなので新しい掃除機を購入することにしました。

さっそく使ってみると 吸引力が大変強く掃除が楽しくなりました。

年末の掃除に 掃除機はフル回転することになるはずです。

お寺の庫裏はとても広いため 掃除はそこそこの労働になります。

高齢者にとっては 軽さと吸引力は魅力なのです。


 

 

なおせると思ったはずが



キッチンの収納庫の扉が壊れました。

調べてみるとなおせそうに見えたので ビスを抜いて蝶番を取り外しました。

かなり複雑な構造のもので 壊れた部分の特定ができませんでした。

使われている正常なものを外して 壊れた場所を特定して修理は出来ました。

さっそく取り付けましたが 参考にするために外した参考に正常な蝶番を元に戻そうとしたのですが これができないのです。

元の位置に戻すだけなので 簡単なことに思ったのですがそうではありませんでした。

原因がまったくわからないのです。取り外したときに歪が出たのか 別なものが壊れてしまったのか。

お手上げになって ついに専門家を呼ぶことになりました。

自分には「これくらいなものがなおせないのか」というショックが しばらく残りました。


 

 

変化は混在の中に芽吹くようです



気象や地勢 あるいは都市化によって 文化にはさまざまな変化が芽生えます。

宗教界も例外ではありません。

浄土真宗の発祥地は京都ですが 関東での布教活動も盛んでした。

京都にある西本願寺を中心にした宗派では 築地別院という名前の関東の拠点があります。

日本の中心地である東京で布教活動をするのですから 地域に合った活動が展開されていることは当然予想されることです。

その別院で驚くような活動が始まっていることが伝わってきます。

お布施が料金表で表示されたり クラブ制の活動で門徒ならぬ会員が募集されています。

学生や働き盛りの人 あるいは異文化の人たちが混在する関東で 宗教文化や慣習が変わり始めています。


 

 

新人類と呼ばれたこともありました



かって老僧から「新人類」と呼ばれたこともありました。

いまは自分が若い僧侶方を「新人類」と思うようになっています。

私がそういわれたときは 何を評価して「新人類」と分類されたのか考えてみました。

掲示板を使って伝道を始めたことや 高座というお説教の座席を取っ払って 同じ高さの演台でのお説教スタイルに変えたこと。

あるいは色がついた法衣を着けなくしたことなど スタイルの変更が中心でした。

いま周囲で始まっている新人類の活動は 人気のコスチュームを使った布教活動。本堂横に親子カフェやお酒を楽しむバーを設置。法衣を脱ぐことや 伝統の雰囲気を放棄するなどの活動です。

やはりスタイルの変更なのですが それぞれ楽しいことです。

立ち止まっているときではないので 新人類の大活躍を期待しているのです。

とはいえ古代人になるわけにはいきませんから 挑戦しています。


 

 

ウイルス用のお化粧があるとか



家人がウイルス用のお化粧の仕方があるといいます。

ウイルス用のお化粧品があるのかどうかまではたずねませんでしたが 仕方が変わるのだそうです。

今年になってほぼ全員が ウイルス感染防止のためにマスクを着用するようになりました。

その結果 顔の一部しか見えなくなりお化粧の方針に変化が生じたというお話です。

きわめてわかりやすいお話しで納得しました。

ところがいったいどのように変化するのかについては 検討がつきません。

眉の書き方やまつげのこと。あるいは目の周りのお化粧のことが思いつくことです。

そんな面倒なことをしないでも 自分の顔に合うマスクを作る方が簡単なのにと思うのですが そんなものではないようです。

つい「そこまで変えたいの?」と思ってしまいました。


 

 

換気は大切です



感染予防のために 換気を心がけるようにという注意が出ています。

換気といえば汚れた空気の交換ですが 臭気の放出もあります。

昨日あさ 予定もしていなかったトイレの換気扇掃除を始めてしまいました。

トイレを使用した後の臭気が消えにくく感じたので 「ちょっと調べよう」と家人と合意して分解掃除を始めたのです。

7センチぐらいの小さなファンが回るのですが ファンにもその周囲にも塵がしっかる詰まっていました。

所要時間は2ヵ所で約60分。

「ファンが回っていたら換気ができている」という意識は間違いではないと思います。

ところが素早く換気して気持ちよくするためには 定期的に掃除をする必要があることを知らされました。


 

 

宗教の役割って何だろう



私にとって宗教といえば仏教です。

その仏教が自分の暮らしにどのような役割を果たしているか 生活をしながら考えるのが私の習慣になりました。

そんなことを考えるとき はじめのころは仏教関係の先生方の書物などを参考にしようとしたものです。

ところが今はあえてそうせずに 仏教に関心をお持ちらしい人たちの生き方から読み取ろうと心がけています。

「仏教ありき」を前提としないで 仏教に触れたことで あるいは触れ続けたことで道を開いた方々の中にある教えを探すためです。

ところが仏教に学んで自分の道を開いた人を探し出すことが なかなか難しいのです。

その一つに 自分の宗教を発表する習慣が薄いことがあります。また人生の転機になっている具体的な用語のことを語られていることが少ないのです。

今までに分かったことは どうやら一つの用語はきっかけになってはいても それ一つで仏教に触れておられないのではないかということです。

語ってくださる師との出会いと 継続した学びで深まっているようだということです。